2015年03月17日

関西学院大学総合政策学部山中速人研究室 3年「あなたと話したい、復興ってなに?」第11回

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担当:妙木彩夏 取材相手:ツェットさん「外国人として経験した震災~人を支え支えられて生きる]

◆トーク1
私は現在たかとりコミュニティーセンターの事務局員である、ベトナム人のツエットさんにお話を伺いました。ツエットさんにインタビューをさせていただいたのは、私が外国籍の方にまで目を向けて災害のことを考えていなかったということに気付いたためです。
ツエットさんは日本語が全く分からない状態で日本に来られました。そのため、日本に来てからどのようにして過ごされたのか、日本語を習得されたのかお話いただきました。なんと小学5年生の時には突然日本人と肩を並べて普通学校に通われていました。
次に、被災当時の体験を語っていただきました。「なんであんたらここおんねん」。ツエットさんは災害時、避難所で日本人から言葉の差別を受けたそうです。しかしツエットさんは前向きにならないといけないという思いで過ごされました。
外国人被災者への差別、その事実を知っている人は多くないと思います。私自身もその事実と内容を知りませんでした。これをきっかけに知ってほしいです。

◆トーク2
震災後から現在も、ツエットさんはボランティアをされています。現在はたかとりコミュニティーセンターで主に事務職、管理、生活相談など、いわゆるなんでも屋として活動されています。また、たかとりコミュニティーセンターでは様々な団体が活動しているため、ツエットさんはその方たちにお昼ごはんを作り、提供もされています。
最後に、復興とは何だと思われるか伺いました。ツエットさんは、その答えを「思いやり」という言葉で語ってくださいました。現在活動されているボランティアはまさに思いやりです。また、活動を通してたくさんの絆と出会いがあり、そして助ける側だけど、逆にエネルギーがもらえると語って下さいました。
私はツエットさんのインタビューを通して、思いやりの心とボランティアの素晴らしさを改めて実感しました。この番組を聞いて、外国人被災者への差別の実態、思いやりの心、ボランティアの意義、これら3つのことを改めて知り、感じていただければと思います。
posted by 関西学院大学総合政策学部山中速人研究室4 at 19:42| Comment(0) | ポッドキャスト | 更新情報をチェックする

関西学院大学総合政策学部山中速人研究室 3年「あなたと話したい、復興ってなに?」第10回

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3月10日担当:高田浩臣(左)森岡勇太(右) 
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担当:森岡勇太 取材相手:和田幹司さん 「通過点~カメラが繋いだ現在~」
◆トーク1
今回お話させていただいたのは、和田幹司さん(71)。
和田さんは震災発生の2ヶ月後から約20年間、長田の復興活動に接点を持ち続けられています。現在では、毎年1月17日に新長田駅前で行われる追悼行事の実行委員長も務められています。震災当時、和田さんは一流写真メーカーの役職サラリーマンで、現在の国道2号線の道路上にあったご自宅に住んでおられました。地震発生後、家中の家具は倒れ、家も傾いていましたが、ご夫婦共に怪我はなく、幸い2階で寝ていたご両親も無事でした。和田さんは、東京にいる弟さんから預かっていた家の状態を確かめるために、カメラを持って須磨へと向かいました。そしてその道中、様々な光景を目の当たりにし、持っていたカメラでその光景を写真に収めることにしました。その後、様々な場所で記録としての写真を撮っていた和田さんに、神戸の街の様子を写真で他府県の人たちに伝えよう、という機会が訪れました。はじめは、家や建物が倒壊している写真を撮ろうと考えていた和田さんは、神戸の街を改めて見て回っているときに、ふと自分が撮るべき写真に気づき、長田で力強く生活している人々の存在を確かめるための写真を撮ることにしました。

◆トーク2
和田さんは地震発生の約2ヶ月後に、『すたあと長田』という情報誌の写真係として震災復興活動に参加するようになりました。これが復興活動に携わるようになったきっかけだったと仰っていました。20年間、長田のまちや人が変化していく姿を見続けている和田さんは、ご自分の体験を交えながら、復興についてのお話をしてくださいました。「道路や建物は綺麗になったかもしれないけれど、それぞれの生活の復興はまだまだ終わっていない。だから今も、20周年みたいなくくりなんかではなく、あくまでも21年目という通過点に過ぎない。」と語る和田さん。また、普段の生活している人のそれぞれに、「厚み」や「深み」みたいなものがあるということ、困った時に助けてもらえることへの感謝、そういった人の情や情けも震災が無かったら分かってない部分だと仰っていました。人の気持ちを感じとって、心の深いところで共感したり感謝したりすることがあるということは、もしかしたら震災が無ければ気付かなかったかもしれないということ。復旧や復興以上に、そういったものを見つけることができたことが震災から得たことである、と実感したそうです。

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担当:高田浩臣 取材相手:鈴木迪子さん 「長田に灯った一つの光」
◆トーク1
今回番組を担当しました。関西学院大学総合政策学部メディア情報学科三回生高田浩臣です。
阪神淡路大震災をテーマにした番組です。今回私は阪神淡路大震災のことを詳しく知るために実際に被災された方にインタビューをしました。その方のお名前は鈴木迪子〔すずきみちこ〕さんという現在72歳の女性です。震災当時、鈴木さんは兵庫県神戸市長田区にあるキリスト系カトリック教会の鷹取協会という教会で聴覚障害を持つ人たちに手話を教えるボランティアをしていました。鈴木さんは地震後すぐに心の拠り所のたかとり教会に向かいました。教会はぺしゃんこにつぶれていた。唯一少し離れた場所にある園舎だけがなんとか残っていました。その光景を見て鈴木さんは声もでなくなり、ただただ鷹取教会をみつめていたそうです。その翌日やはり鷹取教会の様子が気になった鈴木さんは鷹取教会に戻ってきました。そして園舎の大丈夫な部屋を片付け始めました。すると大変なことになっていると聞きつけた人たちが鷹取教会にいっぱいのおにぎりを持ってきてくれました。鈴木さんはそのおにぎりを配って回りました。
鈴木さん
そしたら一番心に残ったのは、二つ三つもらったらいいのに「一個でいいです、ほかの人にあげてください」ということを考えてくれる人がいた。普段の生活じゃそうじゃないのにね。ていうことを私は味わった。

◆トーク2
また、被災の少なかった教会がたかとり教会でボランティアしている人たちのために物資の運搬のボランティアをしてくれたそうです。鈴木さんは一番大事なのは被災した人たちの行動ではなく被災していない人たちの行動で、周りの協力がなければ被災者は無力で何もできなかったはずだといいます。また鈴木さんに実際に震災を経験したからこそ思う復興とは何かを質問しました。
日常生活に戻ってくると、また人間の欲がでてきてしまう。安かったらたくさん買うし、裕福になったときのほうが自分を守ろうとする。おにぎりの話だって何もないのに人のことが考えられる。復興してしまったらまたそういった部分を元に戻らないようにしなければならない。一般に言う復興は皆が何不自由なく生活できていくっていうことだと思うがそれだと影に隠れたものが見えなくなっていって復興するときに、弱い立場の人が影に隠れてしまっているから鈴木さんはそれは復興だと思わないが皆はそれを復興やと思うので本当の意味での復興はわからないとおっしゃっていました。
確かに、震災直後のように震災で受けたことを教訓に日々を過ごすことは難しいと思う。ただ日本のどこかには今でも震災の影響を受けて生活がきちんとできてない人がいる、その人のことを知り、何かを考えるだけでもひとつの復興になることは間違いないと鈴木さんは教えてくれました。

posted by 関西学院大学総合政策学部山中速人研究室4 at 19:29| Comment(0) | ポッドキャスト | 更新情報をチェックする

関西学院大学総合政策学部山中速人研究室 3年「あなたと話したい、復興ってなに?」第9回

担当:武部亜紀 取材相手:足立浩一さん 「自然という生き物と共存していくためには。。。」 
◆トーク1

◆トーク2

担当:玉寄穂波 取材相手:千足令子さん 「どんな時でも忘れない、地域の人たちを支えるおもてなしの心」
◆トーク1

◆トーク2

posted by 関西学院大学総合政策学部山中速人研究室4 at 18:52| Comment(0) | ポッドキャスト | 更新情報をチェックする

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